Monday, May 18, 2009

プレデターの数も減ったが先立つものは更に減った

少し前、筆者のニューヨークの自宅に近いバス停に、こんなポスターが張られているのを見た。

"Questions Feared Most by Predatory Lenders"
(プレデター・レンダーが最も聞かれたくない質問とは)



このポスター、NFHA(National Fair Housing Affiliates、『全米フェアハウジング協会』、差別を失くしフェアな住宅融資普及を目的とする米国の非営利団体)が主催する啓蒙運動に昨年使われたポスターらしい。

Predatory Lendersというのは、ティーザーレートなどの好条件と甘い言葉で相手を釣り込み、細かい説明を一切せずに、借り手の支払い能力を超えているとわかっていながら、サブプライムなどの住宅融資を斡旋する悪徳業者のことである。

プレデターレンダーは、教育水準が相対的に低い(つまり、だまされやすい)低所得者層を特に狙い撃ちにして業務を拡大していたんですよね。

そのために、サブプライム融資の被害者はそうした層に集中し、前回のMHJ記事で触れたフォークロージャについても、プレデタリー融資の被害者が多く集まるコミュニティで多発する傾向にある。

このポスターに例としてあげられてる質問内容としては、例えば、

  • What is the interest rate? (金利は何%ですか?)
  • Will my interest change?(利率は将来変わりますか?)
  • What will my interest be in 18 months? 36months? (18ヶ月後、あるいは36ヵ月後の金利はいくらになりますか?)
  • Is there a prepayment penalty?(先払いにペナルティはかかりますか?)
  • Is there a balloon payment? (バルーンペイメントはありますか?)


  • 悪徳業者から身を守るためにコンシューマーは住宅ローンを組むときには必ずこうした質問を業者にぶつけろ、とポスターは言うのである。


    フィナンスに明るい者なら「そんなの常識」と思うだろうが、金利には固定と変動があることもよくわかっていない借り手も中には実際いるわけで、そういう人達を餌にして稼いでいた連中が、プレデターレンダー達である。

    狙った獲物は仕留めるまで追い続けるのがプレデター。

    3月19日付けMHJ記事『議会は魔女狩りモード』でも少し触れたが、こうしたPredatory Lendingの問題は、2002年ごろから全米各地で発生し問題視されるようになっていた。

    だが、なにせ、当時の中央議会はイラクのことで頭いっぱい、連銀トップですら2004年を過ぎても「住宅バブルなんて、ないない、安心しなはれ!」と各地で講演してたような有様で、こうした悪徳業者の規制取締りについては、実質存在していないも同然だった。

    (住宅バブルの危険性についてグリーンスパンがのんびり構えてたことについては、3月30日付けMHJ記事『グリーンスパンのじっちゃま、隠居渋る』に詳述したので、参照されたい。)

    このとおり組織トップはボケが始まっていたものの、もっと現場に近いところにいる連銀スタッフやFDICスタッフらは、プレデター・レンダーの問題にはいちおう気づいていて、彼ら規制当局は連名で2003年10月に「悪徳業者に気をつけましょう」という内容の一般市民向けパンフレットを発行している。(そのときのプレスリリースはここ。)

    そこに、こんなことが書かれている。

    The publication also reminds consumers that if they are refinancing or using their home as security for a home equity loan (or for a second mortgage loan or a line of credit), federal law gives them three business days after signing the loan papers to cancel the deal. The cancellation must be submitted in writing, after which the lender is required to return any money the consumer has paid to date.

    If the three-day period has already passed and consumers believe they have been misled, the brochure suggests that they contact a state or local bar association, a local consumer protection agency, or a local fair housing or housing counseling agency.

    このパンフレットでは、住宅を担保にしてリファイナンスしたり、ホームエクイティローンを借りたりする場合、借り入れの書類にサインをしてしまった後にキャンセルしたくなったら、署名後3日間は猶予期間が法律によって与えられていることを、あらためて呼びかけている。ローンをキャンセルする場合は書式でその旨を伝え、貸し手はコンシューマーが既に支払った金額はすべて返金することが求められる。

    もし、3日過ぎてしまってから、自分は(不十分な情報で)誘導されたと信じる場合は、コンシューマーは州あるいは市町村の弁護士協会、各地のコンシューマープロテクションを扱うエージェンシー、あるいは、各地のハウジング相談を扱うエージェンシーにコンタクトを取るように、とも促している。


    そう、以前も述べたが、プレデターレンダーの問題は実際に被害が起こっても事後処理は「各地公体に丸投げ」状態であったことが、よくわかる。

    でも、「金利とは何か」もよくわからないようなローンの借り手のどれほどが、「俺はだまされた」と3日以内に気がついたり、それぞれ勝手に自分で法律相談所を見つけて相談に行くだろうか。ボケーとしていて、プレデターに言われたとおりの甘い言葉を信じ、借り入れ後2年後にガーンと月々の支払額が跳ね上がって初めて、自分が組んだ住宅ローンは“伝統的な30年固定金利”じゃなかったことに気づく・・・そういうトホホな有様。

    そして、前回も書いたとおり、最初の1~2年は通常の金利をはるかに下回る好条件で借りられるが、それがネガティブ・アモチゼーションとなり金利不足分が元本に加算されてゆく『オプションARM』の金利リセットがこの春から本格化する。トホホ・・・。

    自分が何やってんのかわからないのにローン契約書にサインしちゃった借り手と、そういう借り手に文字通り「たかって」手数料を稼いでいた悪徳業者が問題の根源にいることは確かだが、その問題拡大に一役買っていたという意味では、そういう事態になっていることを熟知しながらオリジネートしたそばからローン市場で片っ端から転がしまくって証券化・オフバラ化に精出してた無節操な金融機関たちも、さらには、それを横目で眺めてパンフレット出すだけで「用心してね」で終わりにし、プレデターを2008年まで野放しにしていた中央政府と当局のお粗末さも同罪だと筆者は思うね。

    困ったことに、プレデターというのは、数こそ減ったが全滅させることはできない。いつも、あなたを狙ってます。うますぎる話には乗らないように。

       ★   ★   ★

    さて、上の連銀のリリースにも出てきた【ホーム・エクイティ・ローン(Home Equity Loan、略してHEL)】である。

    このホーム・エクイティ・ローン、商品としては2000年を過ぎたころから米国では多くの金融機関が扱うようになったのだが、【ブーム】と呼べるようになってくるのは2004年を過ぎたころから、と筆者は記憶している。

    現役のアナリストだった頃、このホームエクイティローンについて筆者は大手米銀に話聞きに行ったりしてちょっと調査したんだが、04年や05年ごろ、大手米銀が何やってたかというと、このホームエクイティを担保にした消費者向けクレジットラインの大キャンペーンをやっていた。

    このホーム・エクイティ・ライン・オブ・クレジットは、Home Equity Line of Creditの頭文字をとって、HELOC(”ヒーロック”と発音する)と呼ばれる。

    ホーム・エクイティとは、住宅の市場価値とローンとの差額である。たとえば、市場価値が20万ドルの家を、15万ドルのローンを組んで買ったとしよう。その場合は5万ドルのホーム・エクイティを持っていることになる。一生懸命ローン返済して、ローン残高が10万ドルに減り、一方住宅価格が25万ドルに上がっていたら、そのひとのホーム・エクイティは15万ドル、ということになる。

    そのエクイティ部分を担保にして融資するのがHELであり、融資の形を取らずに【信用枠】の形式を取り枠限度内ならいつでも引き出し可能というのが、HELOCである。

    このHELとHELOC、いちおう住宅ローンというカテゴリーに入るため、HELやHELOCの金利というのは、一般の住宅ローンと同様に、利払い全額が個人所得税の控除対象となる。もともと「有担保」の融資という性格上、金利は低めに設定されてるところにもってきて、所得税上の恩恵という税効果も加わるので、「無担保」ローンであるクレジットカードや自動車ローンなどよりも利払い負担がずっと少なく済み、さらに、HELOCならばいつ借りてもいつ返してもよし、という利便性も手伝って、2004年以降、急速に米国民の間に普及した。

    しかもいったん枠が設定されたら、HELOCから借りたおカネは、何に使ってもかまわないのだから、住宅ローンのようでもあり、消費者ローンのようでもある、ハイブリッドな世界である。

    使途目的は自由だから、筆者の知り合いなどは、HELOCからおカネを引き出して台所のリフォームしてたし、有名私立大学に進学する娘の授業料をHELOCから払ったというひともいた。

    かくいう筆者自身も、2005年ごろ米国北東部の田舎に土地不動産を購入する際、その不動産を担保にして新規融資を組むのではなく、持ち家であるマンハッタンの自宅マンションを再抵当に入れることでHELOCを申請し、そこから資金を引き出して、別州にキャッシュで不動産購入した。

    HELOCが急速に拡大した2003年以降、実は、米国のクレジットカードの使用率は横ばいを続けていたぐらいである。(使用率=Utilization Rate とは、クレジットカードの上限として出された信用枠の総計に対し、実際に、どれくらいの残高があるかの割合。)すなわち、利息の高いクレジットカードをHELOCで完済するという動きが続いた時期もあったわけ。

    持ち家を担保にするわけだから、借り入れ可能額も、クレジットカードなんぞとは比べ物にならない信用枠になるし、家計にさらにレバレッジをかけることが可能となって、米国民はお調子に乗って借金しまくっていた。(そうやって、借金で浮かれて消費してたら、貯蓄率が2006年にマイナスになっちゃったということ。)

    ハイテクバブルから這い出して、あっという間に好景気に戻れたのは、安価なクレジットが出回って、住宅価格の上昇と家計の借り入れ度合いが連動して、全米大消費ブームになったから。

       ★   ★   ★

    しかしね、住宅価格が上がってる間は、よかったですよ。

    これ、住宅価格が下がってきたら、ホームエクイティというのは、レバレッジがかかっているほど急速な勢いで消滅するんだよな。

    さっきの例をもう一度持ち出すと、もともと20万ドルで買った家の価格が市場で25万ドルまで値上がりし、それに対して、あなたの住宅ローンの残高は10万ドル。ホームエクイティが15万ドルになっているとき、あなたはHELOCの信用枠を銀行に申請したとしよう。抵当に入れる家の鑑定価値(アプレイザルバリュー)は実際の市場価値よりコンサバに見積もられて24万ドルと算出されてきたとする。

    プレデターレンダーじゃなくて、いちおう“ちゃんとした”銀行の場合、鑑定価値の7割しか融資してくれないとしても、あなたの家を担保にすることで、24万ドルx70%で住宅ローンも含めて総額17万ドルの借り入れを行うことができる。つまり、実際の住宅ローンの残高が10万ドルなんだから、あなたは【追加的に】最大7万ドルのホームエクイティローンを借りることが可能という意味になる。(融資ポリシーにLTVを設定していない貸し手からなら、もっと多く借りれる。)

    ところが、住宅バブルがはじけて、持ち家の市場価格があっという間に3割減になったとすると、あなたの25万ドルだった家は、売れても17万ドルでしか売れない。

    あなたには、10万ドルの住宅ローンに加えて7万ドルのホームエクイティローンも残っている。家の価格も17万ドル。つまり、今すぐその価格で買い手がみつかれば、ギリギリセーフで借金全額返済できるが、グズグズ売れないうちに価格がもっと下がってくると、あなたの借金はそのうち担保物件の価値よりも大きくなってしまう。

    つまり、ネガティブ・エクイティに陥ってしまうのである。

    家の価値が借金額を下回ってしまった借り手のことを、英語で【Underwater Borrowers】(水面下に沈んじゃった)と呼ぶが、このアンダーウォーター・ボロワー達は、1Q09で、その前の4Q08から18%の増加して、全体の22%に一気に増えた

    HELOCも含めホームエクイティローンの貸し手は、アンダーウォーターの借り手からは一銭も回収できないですからね。エクイティがネガティブなのに、どうやって回収するのさ。

    FDICが出している銀行統計サイトをのぞいてみたら、昨年12月末の段階で、オン・バランスになっているだけでも、HELOCの残高はシステム全体でおよそ5830億ドル(56兆円)あった。この2割がアンダーウォーターだと仮定すると、ここの部分だけで1200億ドルは、すでに貸し手にとっての「全損」である。「有担保」なのに「全損」。さすが、ハイブリッドですわね。

    ただし、フツーに預金の取り扱いを行うフツーの銀行がフツーにオリジネートしてバランスシートに残っているHELOCはまだしもですよ、プレデターレンダーなどの業者を経由してホールセールのローン市場で売買されて証券化市場に直接回ったホームエクイティローンになると、ローンのクオリティはさらにひどいだろうから、ここらへんを原資産にして作られた仕組み債の保有者は・・・どうもご愁傷様でございました・・・。

    思えば、筆者が2005年とか2006年あたりに実際に調査した大手米銀たちはどこも、米住宅市場が戦後、ジグザグはしたけれど、基本的に絶対価値は下がっていないという点をどこもやたらと強調していて、それゆえにホームエクイティの急速な消滅はシナリオに入れていないという印象が強かった。そしてどの銀行も、「グリーンスパン氏も同じことをいってますよ」というセリフを必ず最後に付け加えるのを忘れなかった。

    プレデターレンダーの言うことをそのまま信じた借り手もバカだったが、マエストロの言うことを信じたあんたらもバカだったね・・・。

       ★   ★   ★


    え?筆者のHELOC口座は、その後どうなったか、ですか?

    心配ご無用。筆者は、プレデターの言うことはもちろん、マエストロの言うことも信じていなかったから。

    筆者のHELOCは、設定直後のティーザーレートが続く最初の数年で完済し、残高は現在ゼロ。そのまま使わず放ってあるが、「あなたのHELOC、閉じさせてもらいます。」という宣告も銀行からまだ受けていない。

    自分の口座が、いま、どれくらいの金利になっているのか調べてみた。引き出し枠は設定当初と同じだけあるのに、口座残高にかかる金利はさらに下がって、3%ちょっとになっていた。税効果も加味すると2%ちょっとの金利負担であるよ。これを利用してフォークロージャ物件のひとつでもキャッシュで買いたいところだが、筆者はいまセミリタイア中で、HELOC返済の月々のキャッシュフローの目処がつかない。「先立つものがない」ってやつさ。

    せっかく安価なクレジットラインがあるのに、非常に残念である・・・。

    今朝、これを書きながらNY市場の動きを見ていたが、日曜大工大型工務店のLOWES(ティッカー:LOW)が好調。住宅関連株も、今日は気持ち明るい。

    たしかに、筆者自身を振り返っても、借金してまで派手な出費はもうできないが、日曜大工やガーデニングなど身近な楽しみにいそしんで、なるたけおカネをかけないで生活クオリティを保持しようと考えているもんね。LOWESの好調さを支えてるのも、そういう心理が裏で働いているのではなかろうか。

    でも、家を再抵当に入れて借金して膨れてた、かつての消費ブームは、もうしばらくは戻ってはこないよ。

    みんな、先立つものがないんだから。




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