Tuesday, June 16, 2009

「ブルドーザーで生き残り」、フリントのプラグマティックな選択

以前この場で、映画監督マイケル・ムーアが金融危機をテーマにした新作を作ってることを紹介した。(2月13日付けのMHJ記事『M・ムーアの次の映画の「標的」は金融街』)

数日前、ロサンゼルス、ニューヨークなど、大都市部の一部の映画館で、この新作映画『Bailout(仮題)』の予告宣伝が出現した。

最近の日本の映画館はどうか知らないが、アメリカの映画館では予告編の前後によく慈善団体による募金呼びかけの宣伝が流されたりする。M・ムーア、明らかにそれのパロディで、この予告編を作ったのね。

『Save Our CEOs』と書かれた入れ物を掲げ、

「これから映画館の通路を、この募金箱を持った係りが回ります。シティ、バンカメ、AIG、ゴールドマンサックス、JPモルガン・・・などなど、あなたの助けを必要としているCEOのために募金をお願いします。すでに救済資金を出してあげたじゃないか、って?わかっています。でも、そこをなんとか、もっと募金をお願いできませんか。きっと気持ちがよくなりますよ。」

モルガン・スタンレーさん、予告編の中でムーアに名前を挙げられなくてよかったですね。(って、そういう問題じゃないか。笑)

フィルムの最後に、「This time it's personal.」というコピーが出てくる。「パーソナル」=「私的感情丸出し」。

でも、ムーアが作った映画に、「パーソナルじゃない」映画って、ありましたっけ?


   ★   ★   ★

ムーアが全米で有名になったのは、彼が1989年に製作した『Roger & Me』という映画。

当時ゼネラルモーターズのCEOだったロジャー・スミスをムーアが直撃取材しようと試みるドキュメンタリーである。

マイケル・ムーアは、ミシガン州フリント市の出身。ミシガン州フリントといえば、1908年にGMが産声を挙げた町で、GMの看板ブランドBuickはここで誕生した。米自動車産業の興亡をともにした【車の町】である。

前回のMHJ記事でも触れたが、80年代初頭のボルカーの高金利政策により米自動車産業は大きな痛手を受けた。ちょうどその頃、日本から入ってきた安くて燃費の良い小型車が米国ではマジな脅威となり始めていた。日本製品の脅威は政治問題と化し、電化製品も含めた日本製品の米国への大量流入をなんとか阻止しようと、ワシントンDCのキャピトル(国会)の前で日本車やステレオなどを、政治家が寄ってたかってハンマーでぶち壊すという派手なパフォーマンスも、80年代を通じて繰り広げられていた。

MHJ筆者はニューヨークに移住する前の一年、1983年に、ミシガン州にある大学に留学していた。当時、米自動車産業は自国の金融政策と海外競争という両面から強いプレッシャーを受けており、デトロイトの繁華街には「Remember Pearl Harbor」と書かれたポスターが当時あちこちに貼られていた。

80年代当時のデトロイトでは反日感情がすごいことになっていて、筆者がミシガン州に到着する直前の1982年に、デトロイトでは、日本人と間違われた中国人青年が解雇された地元の自動車工数名にバットで撲殺されるという悲惨な事件が起こっていた。(この事件とそれに続く公判はドキュメント映画になり、日本でも『誰がヴィンセント・チンを殺したか』という邦題で公開されている。)

ミシガン留学中デトロイト市内に一週間だけ研修に行くことになったとき、筆者のホストファミリーとして親切にしてくれたアメリカ人家族はとても心配して、デトロイトでは日本人であるという素性は隠しなさいと助言されたことをいまだに覚えている。(実際行ってみると、そんな必要はなかったが。)

80年代の競争圧力に対処するためGMはいくつもの自動車工場を閉鎖した。マイケル・ムーアの生まれ故郷フリントという町はGMのビュイック工場の城下町で、フリントのブルーカラー労働者の多くも職を失った。

89年作のムーアの映画『Roger & Me』は、地元のそういう状態を見て怒りの塊りとなったムーア監督がGMのヘッドクォーターに直訴しに行く、という私的感情丸出しの内容である。

筆者はムーアの映画は全般に好きではないが、『Roger & Me』だけは傑作中の傑作だと思う。お勧めします。

   ★   ★   ★

そのフリントの名を、2009年になって、経済問題の前線でふたたび目にした。

ついひと月前のMHJ記事で、カリフォルニアの新興住宅地がフォークロージャの波に勝てず、まだ誰も住んだことのない新築の家をブルドーザーでぶっ壊している動画をご紹介したのを覚えてらっしゃるでしょうか。(5月15日付MHJ記事『住宅売れなきゃブルドーザーで在庫調整』)

なんと、あの【ブルドーザー大作戦】を、オバマ政権が真面目に考慮してる、という話を読んだ。

英テレグラフ紙がこんな記事を伝えている。

US cities may have to be bulldozed in order to survive
(Telegraph, 6/12/09)

記事によると、全米でも最も貧困な町のひとつフリント市は、市の40%にあたる地域の家々をブルドーザーで破壊して更地に戻し、町に散らばっていた住民とビジネスをもっと狭い地域に集中させてやるプランが現在実行中だという。

テレグラフの記事から引用。

The radical experiment is the brainchild of Dan Kildee, treasurer of Genesee County, which includes Flint. Having outlined his strategy to Barack Obama during the election campaign, Mr Kildee has now been approached by the US government and a group of charities who want him to apply what he has learnt to the rest of the country.

このラディカルな試みはフリント市があるジェネシー郡の財務担当者ダン・キルディーが発案したもので、オバマがまだ大統領選で遊説中だった頃、キルディー氏は現地を訪れていたオバマに対し、この案の概要を説明したのだという。それが最近になり、キルディー氏のもとに、彼がフリントで経験したことを全米の他都市にも適応してくれるよう、米国政府と非営利団体グループから依頼が来た。



米政府に強い影響力を持つワシントンDCのシンクタンク、ブルッキングス・インスティチューション(Brookings Institution)は、ラストベルト(Rust Belt=中西部工業地帯)と北東部を中心に、50の町を【フリント式サバイバル】の候補地としてすでにピックアップしたらしく、キルディー氏はこの50都市に当面集中して町の縮小実行に向け助言するそうだ。

「衰退はフリントにとっては受け入れるしかないもの。それに抗おうとするのは重力に抗うのと同じ。("Decline is a fact of life in Flint. Resisting it is like resisting gravity."」とキルディー氏は言う。

フリントではかつて市民の76000人がGM工場で働いていたが、いまはGM従業員は8000人まで減少、衰退の一途を辿った。現在まで、フリントではすでに1100軒の家屋がブルドーザーで破壊され、これからさらに3千軒の家屋が破壊される予定だという。

記事は続く。

・・・Mr Kildee, who has lived there nearly all his life, said he had first to overcome a deeply ingrained American cultural mindset that "big is good" and that cities should sprawl – Flint covers 34 square miles.

"The obsession with growth is sadly a very American thing. Across the US, there's an assumption that all development is good, that if communities are growing they are successful. If they're shrinking, they're failing."


生涯のほとんどをフリントで過ごしたキルディー氏は最初、自分の中に深く巣食っている「大きいことはいいことだ」、「市町村は拡張すべき」というアメリカンカルチャーのマインドセットに打ち勝つのに自分自身が苦労したという。フリント市は34マイル四方に広がる。

「成長することに執着するのは、悲しいかな、非常にアメリカ的なものです。デベロップメントこそがいい、コミュニティが拡大するのは成功の証拠、そういう考え方は、全米にはびこっている。縮小は失敗を意味するのだとね。」


しかし、いま、もしプラグマティックに縮小を選択しなければ、コミュニティは破産の道を辿る。

フリントで家屋が破壊された地域は、そのまま放置され、森や原っぱになって「自然に還って」いっているそうだ。

拡大か縮小か。「大きいことはいいことだ」のアメリカン・カルチャーは、ついに岐路を迎えたのか。

フリントの衰退は、日本との貿易摩擦のはるか前、第一次オイルショックの1973年ごろから、すでに始まっていたという。

衰退を A Fact of Life として受け入れるのに、フリントは30年以上を費やした。

カルチャーはそう簡単には変わらない。縮小候補となった他の50都市でも、市民はアメリカン・カルチャーとアメリカン・プラグマティズムの間で揺れ動く日々が続くのかもしれない。

マイケル・ムーアには、ウォール街を題材にした安っぽい勧善懲悪劇よりも、20年ぶりにフリントを主題にした映画を作ってもらいたい。



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1 comment:

Chee said...

大変な時期に、ミシガンにいらしたのですね。。。アメリカにいる時、よく「この10数年くらいで偏見が一気になくなった。」みたいなことを聞いてはいましたけれど。。。

ムーアにとって、今回のGMの破綻は特別な思いがあるでしょうねえ。
彼はやりすぎのところがありますけれど、面白いのでついつい見ちゃいます。
Roger&Meはまだ観たことありませんが、今になってますます面白そうです。

カナディアンベーコンもちょっと面白かったし。