Thursday, September 9, 2010

どっぷりベアマーケットの最中

前回のエントリーでは、10年間で見たらどうよ、という話で、米国株が日本株・欧州株と並んで、いかに冴えないことやってたかを確認し、暗くなっていたMHJ筆者である。

では、米国株式のトレンドを、さらに長期のトレンドで見ると、どうか。

Barry RitholtzのブログThe Big Pictureで、興味深い(しかし同時に気分も暗くなるw)チャートが紹介されてるのを読んだ。

Barry Ritholtzは、「カビ臭くなったP/Eレシオはそろそろ捨てる時が来たか」と題するウォールストリートジャーナルの記事に対して、この記事はポイントがずれている、正しく質問を投げかけるとすれば、「捨てる時が来たか」ではなくて「低下するP/Eレシオが何を意味するか」というものだ、と書いている。

Is It Time to Scrap the Fusty Old P/E Ratio?
(Wall Street Journal, 9/4/10)

この「正しい」質問に、ひとつの示唆を与えてくれるグラフが、これ。

(グラフは、Crestmont Research


1900年から最近まで、過去100年の株価およびP/Eレシオを対比させたグラフである。これによると、


  • 長期の株市場サイクルは、P/Eレシオの拡大・圧縮と一致する。
  • 長期のブル市場は、P/Eレシオが平均を下回って谷を迎えた後に始まる。
  • 長期のベア市場は、P/Eレシオが平均を上回ってピークを迎えた後に始まる。
  • 2000年に入ってからの株市場は下落しているが、P/Eレシオはいまだ平均を上回っており下降トレンドは続いている。
  • これが潜在的に意味するのは、現在の市場が長期にわたるベアマーケットの最中であるということ。

このグラフから読めることとして、Barry Ritholtz は、以下のように書いている。

Hence, a falling P/E ratio is not indicia of its lack of utility. Nor is it proof of “Fustyness.” Rather, it suggests that crowd is still feeling burned by the recent collapse in prices and increase in volatility. Thus, this is not about the market’s economic concerns, or sustainability of earnings. It is about psyche.

P/Eレシオが低下しているからといって、それがもう使えなくなったという意味ではない。P/Eレシオがカビ臭くなったわけでもない。むしろ、これが意味するところは、昨今の株価低下とボラティリティの上昇で人々が火傷したといまだに感じている(ためにある程度の価格を支払おうとする気持ちにならない)という意味だ。つまり、これはマーケットの経済的問題でも、利益の維持可能性の問題でもなく、精神状態とか気持ちの持ちよう(psyche)の問題なのである。

へ?「PSYCHE」の問題・・・?

その気になってきたら、人々は、もっと株を買うようになる・・・?

どうやら、Barry Ritholtzは、せっかくこのチャートを見る機会があったにもかかわらず、グラフをチラリと見ただけでCrestmont Researchのリサーチペーパーまでは、ちゃんと読むことはしなかったようであるな。


★     ★     ★


Crestmont Research のサイトに行くと、Ed Easterling というアナリストによる米国株のP/Eレシオに関する四半期報告が掲載されていた。

The P/E Report: Quarterly Review Of The Price/Earnings Ratio
June 30, 2010 Update

実勢値によるP/Eレシオのヒストリカル平均は15倍付近、ピークは25倍付近、このレポートが書かれた今年6月末時点のP/Eは16.4倍だった。

このレポートの中に、1950年から現在まで60年間にわたる米国実質GDPの長期的伸び率のグラフがあった。


このグラフが示すように、米国のGDPの伸び率は、超長期でおよそ3%付近を推移していた。

それがここにきて、5年/10年/15年のトレイリングすべてで下降トレンドを示し、現在2%程度にディップしてきた。その理由に、2000年に入ってから2度のリセッションを経験したというのがある。

ここで、前述のBarryが出してきてた「正しい質問」に戻ろう。

過去のP/Eレシオ平均15倍が、超長期GDP増加率3%を前提としているならば、2000年からの10年間の2%という伸び率は、P/Eレシオにどういうインプリケーションを持つのだろうか?


(レポートより抜粋)

Stocks are simply financial instruments—a payment today for the right to future cash flows.(略)The level of return is determined based upon market rates (driven by expected inflation) and the probability of losses. For this discussion, let’s eliminate the impact of a change in inflation and the probability of losses…so it only leaves the future cash flows. For stocks, the future cash flow stream (over the longer-term) is driven by economic growth. Therefore, if economic growth slows, the future cash flows (i.e. dividends from earnings) from stocks also are reduced.

株式は単なる金融インストルメントに過ぎない。将来のキャッシュフローを得るために今日支払いをする。(略)リターンのレベルは、期待されるインフレーションで決定される市場レートと損失確率に基づいて決定されるが、議論のために、インフレ率の変化と損失確率はここでは省略し、将来のキャッシュフローのみを考慮することにしよう。株式にとっては、将来の長期に渡るキャッシュフロー・ストリームは経済成長によって決定される。従って経済成長が鈍化すれば、将来のキャッシュフロー(利益配当)も減少することになる。

The impact on stock market valuations—if we have down-shifted to 2% real economic growth—is a drop in the average P/E of about 6 points. As a result, the average would decline below 10 rather than the historical 15 (assuming a repeat of historical inflation cycles). The natural peak during periods of low inflation would be below 20 rather than near the mid-20s. Few economists, financial analysts, nor this author conclude that this has occurred, yet with the uncertainty of the expected future real economic growth rate, this issue should be better understood.

仮に実質経済成長率が下方にシフトして2%になったとすると、それの株市場のバリュエーションへのインパクトは、P/Eレシオの平均値が6ポイント程度低下することを意味する。その結果、ヒストリカルなP/Eレシオの平均は(過去のインフレサイクルをなぞると仮定して)これまでの15倍から10倍以下へと低下する。また、低インフレ下の期間の同レシオのピークも、20倍半ばから20倍以下へと落ちる。(経済成長率が2%にシフトしたまま今後も継続するのかどうか、)現時点で、エコノミストも、アナリストも、また自分自身も、それについては結論は出せずにいる。しかし、将来期待される実質経済成長率の行方がどうなるか不透明さは残っているため、この点についてはより深い理解が必要となろう。

このレポートでは、3つの今後の経済成長シナリオを立てている。


  1. Aberration (2%という数値は統計上の異常値である)
  2. Trend (2%の成長率に落ちてゆくというトレンドであり、このまま固定する)
  3. Reversion (一時的に落ちているが再び3%に戻って行く)


結論は、ここ10年間の実質経済成長率2%という数値の今後の行方が1と3のケースであれば、2%は再び3%に戻り、ヒストリカルのP/E平均15倍はそのまま生き続け、上述したようにいったん平均値15倍ラインを下回って谷を迎えれば、再びブルマーケットが始まる。(現在15倍を少々上回る程度だそうだから、ベアマーケットから脱出できるのは、そんなに遠い将来ではないかもしれないという期待が持てる。)

だが、これがもし2のケースで、超長期のトレンドとして、米国経済成長が鈍化のフェーズを迎えたとするならば、そこから暗示される妥当なP/Eレシオのレベルは、成長率3%のときの15倍ではなくて、平均ラインは10倍以下に低下、従って、P/Eレシオが新たにセットされた10倍というラインを下回るまではP/Eレシオは低下を続け、即ち、ベアマーケットは当分長期で続く可能性が残る、というものである。

キーになるのは、「精神状態(psyche)」というよりも、「GDPの長期実質成長率の行方」だということを、このリサーチは言いたいのである。

(より詳細は、レポート本文を読んでください。)

   ★     ★     ★

このレポートの著者も言っているように、GDPの実質低成長が当分長期間で継続するかについては、現時点で断言できるものはない。

コンファレンス出席でいま日本に行っているらしいポール・クルッグマンが、8日付けのブログ記事で、日本のGDPの成長が落ち込んだ最大の理由は、高齢化による労働人口の減少というデモグラフィーが最大の原因である、という記述があった。

Japanese Demography
(Paul Krugman, NYTimes, 9/8/10)

米国の場合は、以前ここのブログで紹介したが、移民とその子孫のおかげで、40年後も労働人口が増加し続けるという推計がある。

米国の労働力は長期的に拡大する?
(Murray Hill Journal, 3/31/10)

クルッグマンの分析とこの推計をあわせて考えれば、米国のGDPの実質成長が超長期で2%に落ち込むと考えるほど悲観的になる必要はないような気もする。

今の段階ではわからない。

今日見たグラフで、唯一言えることは、「われわれは現在どっぷりベアマーケットの最中にいる」ということだけだ。

そして、経済成長率3%という超長期トレンドが維持されているというベターシナリオだとしても、一番最初に掲げたチャートをみれば、現在のP/Eレシオのレベルというのは、ブルマーケットに切り替わる寸前の「P/Eの谷」の過去のレベルよりもまだ高い。

つまり、現在落ち続けている米株のP/Eは、まだまだ落ちる余地があるわけである。

No comments: